スッタ・フリダーヤ
『スッタ・フリダーヤ』...(連綿たる縦糸の中心そして現在)
いかなる大河にも、はじめの一滴がある
幾多の、はじめの滴りがある
そして ときには途絶えながらも 次の一滴がある
幾多の次の滴りがある
けれども、
無数の一滴が流れになるためには 時間という経過が必要だ
一九八X年 夏
東京を潤す多摩川を
六郷川河口から奥多摩湖を経て大丹波沢の源流まで、
オン&オフを走破できるXLを駆って遡行したことがある
雫の一つは緑鮮やかな毛氈苔の先端で成長し満ちて、落ちていった
この滴りはこの山塊に降った雨や雪、あるいは霧の凝集した現在の姿だ
わたしの言葉もかくあれ、と
ポケットにしのばせた小瓶に、無数の一滴を受けてみる
神でさえも 滴りが満ちて落ちるのを 待たねばならない
気づけば 辺りには夕闇が迫っていた
ここから始まる流れが潤している都会に わたしは戻らねばならない
言葉が衰弱し
様々な字体と色と、恣意的にしか解釈できない音に飾られ、
時間を浪費するための情報として氾濫する都会へ
戻らなければ ならない
人々を溺死させる猥雑なる氾濫の 共犯者の一人として
その言葉の海へ...
一九七X年 冬
日本列島に切り裂かれた海流をたどり
九州南端、錦江湾からトカラ列島を経て琉球弧の果てまで、
木の葉のように寄る辺ない船を乗り継いで遡行したことがある
海の道は波間に夕日を照り返し 一本の火柱となってニライカナイの源流を示していた
人々を酸欠に追いやる言葉の海の中で
溺れかかったわたしが握りしめたのはスッタと呼ばれる悠久の縦糸だった
トカラ列島、諏訪之瀬島
バンヤン・アシュラムで わたしは新たな一本の縦糸を心に織り込む
わたしの知っているスッタは「犀の角のようにたったひとり歩め」というリフレインだった
けれども
このサンガ的アシュラムでは それぞれのスッタが撚られ
この島のバンヤンとして時を紡いでいた
コンミューンの宴はかつて若者たちの心を燃やし 世界各地に帰っていった
この地に根を下ろした三つの気根、
朝日のように笑うジョーはグルの言葉を心の奥深くしまい込んで、火山灰の畑を耕し続ける
火山の洞窟で面壁座禅に打ち込んだ詩人ナーガは、黙々と肥桶を担ぎ作物の生育を見守っている
村人となったナンダは文字通り「喜び」の人として、鶏を飼い牛を肥育し、家族を養っている
わたしは彼らの紡ぐ縦糸を心に織り込みながら、なおもはじめの一滴を渇望していた
言葉のつながりがスッタと呼ばれるためには 悠久の流れを絡め取らねばならぬ
時は川のように流れるのではない
水は時の経過に従ってただ存在し、川になっているだけ
根無し草のわたしはこのトカラに根を下ろすことはできない
はじめの雫を求めてさらに源流に遡行しなければいけない
わたしの心は漂流しているけれども、放浪しているわけではなかった
流されているのではなく、
流れに抗して
遡行し続けているのだ
紀元前五世紀 北緯二七度二八分 東経八三度一六分
古代国家カピラヴァッツ、ルンビニ
母なる人は帰郷の途にあり、
木陰を求めた花園はこの日から、二千年の時を経て世界の遺産となった
その人の生誕地として
一九八〇年四月、満月の日
マガダ国北方、ネパール王国
世界の正義と悪を睥睨する巨大な目が描かれたスワヤンブナート寺院の僧坊のひとつで
仏陀生誕を祝う読経の波音遠く、
裡なる言珠をなぞりながら、次第に夕闇を湛えていくカトマンドゥー盆地を私は見下ろしていた

この美しい夕暮れの街は平和だった...
汚れた幼い手が不意に足下に差し出される夕暮れが訪れなければ
灼熱の路上でひっそりと枯れていく飢餓がなければ
潤すべき眼球を持たない涙が流れなければ
路地裏の諍いが火の粉となり奔騰となる オストラシズムの雪合戦がなければ
その生成とその消滅に至る道を記憶したその言珠が継がれていれば
マニ車はスッタを引きちぎり、カラカラと笑う
マニ車は今際の言葉を鼻歌に変え、タルチョー(経旗)を青空にたなびかせる
マニ車は巡礼を遊行に変容させ、大地の汗を干涸らびさせる
マニ車は胸に響くものを手触りに変換して、タンカ(曼荼羅)に定着させる
時は移ろい、こころの地図は黄ばみ、その文字は消えていく
人は移ろい、言葉は伝播しても、その意味は溶変していく
巡礼のない信はない
けれども
文字の消えた道しるべをどう読もうとするのか?
意味が溶変した言葉をどう捉えようというのか?
真のない巡礼はいらない
この縦糸は聖なるひとの足跡の影である
よろけ、かろうじて歩を進めるそのリズム
...
......
スッ、
...
タッ。
...
スタ タッ。
...
スッタンタ...
...
...
スタッタ...
目を閉じて観ることを得た人の歩みとはそのようなものであったか?
その言葉はバニヤンの気根となって樹下に連なるおびただしい客死者を
静かに包み込み
時に貫き
朽ちはてた遺体を溶解しては地中に返し軛《くびき》を解かれた魂を吸い上げ
ては大空に返しわずかに残されたボロ布をほぐして縦糸に紡ぎ足していく
この縦糸はマガダ国の燎原に広がる炎の列である
一切が渦巻く宇宙の理《ことわり》に従う熱伝達の円舞
スッタマッチ擦ってた
命を擦った
闇の岸辺に明かりを灯し得た人の言葉とは
そのようなものであったか?
その声は音符文字の連なりとなって →
琴線に触れるあまたの恋の賛歌を、
一瞬にして凍らせ
時に、焼き尽くし
エロスの泉を細胞レベルまで解体し光に包んで天に放り上げ灰燼に残
るわずかな余熱を燐の炎に変えては屍を浮き立たせ言葉を縦糸に声を横糸
に縁《えにし》の錦織りを織り足していく
粗末なチャルカ(糸巻き車)の軸から立ちのぼる微かなカタン油香が午睡の脳を覚醒させる
私は微睡《まどろ》みの中でその人の後ろ姿を見ていた
それが自分の人生の全てであるかのようにひたすら、不揃いゲージの糸を紡ぎ
祈りを込める
ジャヤ ジャヤ
ジャヤ ジャヤ
ジャヤジャヤ イシュワラ、
ジャヤジャヤ アーラー
ジャイ ラーーーマ...
偉大なる精神と呼ばれるこの老人もまた天蚕のごとく縦糸を織りなし
四分五裂に綻びかけた人の心を縫い合わせて見せた
...
...
チャルカはこの老人の生活そのものだ
意志そのものなのだ
自らの手で、自らの生を紡ぎ出せと
誰にも強いられず 誰にも侵すことのできないこの時間
その時間を生きよと、
(限りなく続く)